
2010 年 3 月 4 日
3月になると、思いだすのが、4年前のアメリカへのオーガニック視察旅での、ワクワク、ドキドキした日々。
アメリカへ、留学していた長男の祥平から、「留学当時、お世話になった人達にもう一度会いに、3月にアメリカを旅するけど、親父一緒に行かへんか、ホールフーズマーケット見んでもいいんか?」と、誘われて出かけたアメリカへの旅。
ニューヨークの旅の出来事は、テーマ別の記事、アメリカオーガニック視察旅の中に少し書いているが、憧れていた、ジャズクラブ、ヴィレッジヴァンガードでジャズを堪能した翌日、ニューヨークからラスベガスに飛び、小型飛行機に乗って、長年夢に見ていた、グランドキャニオンへ。
グランドキャニオン飛行場に着き、タクシーで、予約を入れておいたブライト・エンジェル・トレイルの入り口に建つ、ブライト・エンジェル・ロッジへ。
山小屋風の造りで雰囲気も抜群なうえ、ロッジの裏庭からグランドキャニオン渓谷が一望できる。
ロッジに荷物を置き、早速、祥平とトレッキングに出かける。
気温は氷点下で、吐く息が白いが、目の前に広がる、コロラド川が数億年の途方もない時間をかけて大地を削り、造り上げた大自然の織りなす景観を見ながら、寒さを忘れて歩き続ける。
ヤバパイポイントから見下ろす渓谷は、大自然が造りだした人智をこえた芸術だ。
刻々と移り行く時間ごとに、表情を変え、光と影が造り出す絶景に、思わず感嘆の声が出る。
ヤバパイポイントから、無料のシャトルバスに乗り、夕日を見るために、ホビポイントへ。
祥平と、二人で、夕日を見るのは、彼がアトピーの悪化で目の輝きを失った時、誘って出かけた立山縦走の旅以来だ。
ホビポイントに到着した数分後に、大きな太陽が、雄大な空を真っ赤に染めだし、大地に沈んでいく姿を、祥平と二人、息を飲みながら見つめ続けた。
翌日、5時前に起きて、朝日を見に、マーサーポイントへ出かける。
あいにくの曇天の為、朝日は見れなかったが、私は、朝日の昇ってくる方向を見つめ続ける祥平の後ろ姿を眺めながら、
昔の事を思い出していた。
私は、若い時は、いい父親ではなかった。
幼い祥平が最初の喘息の発作を起こした時、私は、男友達とドライブに出かけていた。
なぜか、胸騒ぎがして、予定より早く帰宅すると、祥平が救急車にのせられている時だった。
苦しそうな、表情で、顔色は、血の気を失っていた。
私は、うろたえながらも、必死で救急車の後を追った。
運ばれた、神野病院で、抱っこした時の、彼の表情と感触は、25年経った今でも覚えている。
それからも、彼は、喘息と、アトピーの悪化を繰り返す。
私は、彼の姿を見て、その後、今の仕事、オーガニックスーパーを立ち上げる決心をする。
青年に成長した彼は、国連で働くことを夢に見て、大学進学で、18歳で家を出ていった。
彼は、それから、色々な経験をしたのだろう。
ボランティアも兼ねて、多くの国も旅している。
やさしい男になった。
そして、随分とたくましくなった。
朝日の方向を見つめる祥平の後ろ姿は、私にとっては、かけがえのない残像として、心の中に残っている。





















