
2008 年 9 月 11 日
最近一ヶ月は、仕事も忙しく、トラブルもあり、自分の自由な時間が取れず、かなり疲れていたし、すこし、いらだっていた。
自然の中に行きたい!
その時思い浮かんだのが、波賀町の山であり、川の情景だった。
仕事を終わらせ、(本日、店は休んでいるが私と、女房は仕事がある)
私は一人波賀町へ、車を走らせる。
思い起こせば、波賀町に行くのは、あの日以来の事なので、12年振りということになる。
12年前の私は、完全に自分自身を見失い、自殺まで考えていた。
その一年前には、人生の絶頂のように思っていた、私の人生が、あることがきっかけで、坂道を転げ落ちるように、変わっていった。
私は、嘆き、悲しみ、怒り、そして自分を見失った。
そんな私の周りから、一人ずつ人が離れていき、親しい友も去った。
その時の私には、自分自身しか、愛せなかった。
周りの人も、家族まで、私は、見えずにいた、私は、感謝することを忘れてしまっていた。
自殺を考えるようになってからは、夜が眠れなくなっていく。
酒の勢いで、すこしは眠るのだが、すぐに、目が覚めて、夜が明けるのを、悶々として待つ。
私は、救いを本に求め、精神世界、哲学、宗教、今までは、手にすることもなかった本を読みあさる。
あの日、私は、夢の中で、3階のベランダから飛び降りて自殺する。
その瞬間、私は、目が覚め、そして、その時、隣にいつも、女房がいてくれて、隣の部屋に、二人の息子がいてくれたことに気づき、涙する。
そして、その日は、波賀町のくるみの里で、私の大好きな、河島英五の野外コンサートが夕方から行われるを知り、行ってみようと思う。
久しぶりに、キャンプの準備をして、車を、波賀町へ走らせる。
あの日の,河島英五のコンサートは一生忘れることがないだろう。
コンサートが終わり、誰もいなくなったくるみの里でテントを張り、夕食を、家族で一緒に食べながら私は、忘れていた笑いを取り戻す。
夕食が終わり、私は家族から離れた草原まで歩いて行き、そこにあおむけに寝ころぶ。
空には、満天の星、川のせせらぎ、虫の鳴き声、いくつもの流れ星。
どれほどの時間が経ったのか、私は、心の底から安らぎを感じ、今まで悩んでいた事がこの世界では、いかに小さな事だったのかを知り、この瞬間に感謝し、そして、ここに、生かされていることを感謝した。
その時私は、「生かされているうちに、そして、活かされているうちに。」と、強く思った。
その後も、3年間で、2000万を超える、赤字を出し続けるのだが、もう、うろたえることはなかった。
今では、河島英五さんも帰らぬ人になってしまったが、あの時のコンサートの感動と、あの日の感謝の気持ちは忘れない。
今日、12年振りに、波賀町のくるみの里、赤西渓谷などを訪れ、当時を思い出した。
今の私の原点だ!



















