オーナー三好一郎のブログ

<プロフィール> 学生時代は野球に熱中。ひじの骨折で野球を断念後、バイトと旅に明け暮れる。そして、北海道へ家出、牧場で働いた後各地を放浪。一転、税理士を目指し広島の学校へ入学後猛勉強。初心者から4ヵ月足らずで簿記一級試験にトップで合格するが、体を動かす仕事の方が性に合っていると帰省、家業の食料品小売にたずさわる。その後、高校2年の夏から付き合っていた典子と結婚。

2008 年 12 月 25 日

 ケヤキコンサートも800人近くの人が来場して下さり、成功の内に無事終了した。

 前にも書いたが、けやきコンサートの前日は、女房が阪大病院で大腿骨骨とう壊死の手術で、大腿骨をチタン合金に、骨とうをセラミックに取り替えるという大手術を受けていた。

 早朝からの2時間以上に及ぶ手術から病室に戻ってきた時には、意識も戻りはじめ、話ができた時には私も少しほっとしたが、全身麻酔から覚めてくると共に痛みも、熱も出始め、辛抱強い彼女が苦痛に顔をゆがめながら、痛みと闘っている姿を横で見ているのは辛かった。

私は、只、女房の横に居てやることしかできなかった。

 翌日も女房のことが気がかりだったが、けやきコンサートも成功させなければならないので、当日の女房の付き添いは、2人の息子達に任せることにした。長男は、大阪の商社で働いており、時々家にも帰ってくるのだが、次男は、東京で働いている為になかなか帰ってくることがなかったが、今回は、話を聞いて駆けつけてくれたので、女房も2人の息子が傍にいてくれるので安心できただろう。

 私も翌日、病室に駆けつけると、予想していたよりも顔色の良い女房の顔を見て、ほっとする。

横にいた次男からは、東京で彼が入りたかったプロダクトデザイン事務所から声をかけてもらって、そこで働き始めたことを聞き、デザイナーとしての一歩が始まった彼の今後の奮闘を陰ながら祈る。

 頑張り屋の女房は、入院中のリハビリも頑張り、予想よりも早く杖なしで歩くことができた。

入院中の女房のいない家で一人きりの食事、そして、女房の抜けた店での仕事、仕事が終わってからの炊事、洗濯、掃除などで、彼女の存在の有りがたさも身に沁み、疲れも、ピークになろうかという時に、女房は退院し、私は、喜び、そして胸をなでおろす。

 それから女房は少しずつ仕事にも復帰し、本日は、クリスマス。

そして今年最後の店の定休日、昼前までお互いの仕事を終えてから、一緒に買い物に出かける前に、彼女は、胸元を指差し「これ、憶えている?」と私に聞いてきた。

そこには、私が36年前の16歳のクリスマスの日、バイトのお金を貯めて、何日か昼飯も抜いて、彼女にプレゼントした思い出深い、ターコイズブルーのネックレス が光っていた。

 

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