車線の太い道路脇に、樹齢約150年と100年のケヤキが少し離れて立っている。2本はかつて、道
路向かいにある造り酒屋の庭で、クスノキの大木とともに樹勢を誇っていた。
高砂市米田町の県道沖浜平津線沿い。道の拡張工事で、ケヤキの居場所がなくなった。移植しても枯れる可能性は高く、「目の前では枯らせたくないから」と、西谷酒造当主の西谷真治さん(81)は伐採を決断した。
そこへ、近くで自然食品店を営む三好一郎さん(50)が言い出した。「せめて、人の心の中で生き続けてもらえるようなことができないか」。子どものころの木登り遊びや、近所の人々が大きな木陰で涼んだことなど、地域とケヤキとの思い出を、最後まで大切にしたいと考えたのだった。
1999年10月、木の前で別れのコンサートが開かれた。大盛況だった。西谷さんは「みながそこまで願ってくれるなら」と移植を決意。県と高砂市も協力して翌年一月、今の市有地に移植され、市の保存樹になった。
その折にクレーンでつり下げられたことから、「空をとんだケヤキの木」という絵物語も生まれ、地域の子どもたちに語り継がれている。
移植から6年。枝ぶりも緑も、まだかつての六分の一ほどだが、三好さんは笑顔で言う。
「今の子どもたちが大きくなるころ、元通りに勢いよく茂ってますよ」

眠っているかい。
聴こえているといいな。
あれから七年がたったよ。
海のような空を、君が飛んだ日から。
苛酷な移植に耐えた日からも。
そして、冬の眠りについている君をここに置いて、
僕らは間もなく「再びのコンサート」を始める。
聴こえているかい。
だから、コンサートの前に皆でできたよ。君の体の一部で作ったパンの笛を持って。
僕らは、この日を七年間待った。君の声が聴きたくて。
あの時、君の中に流れていた想い、これからの願いも聴かせてほしくって。
君がこの町に吹かせていた風のように、涼しい音色だと、うれしいな。
では、はじめるよ。
共に生きる仲間より
七年前、伐採の運命から一転、地元住民らの訴えで移植保存された高砂市内のケヤキの古枝から、ルーマニアの民族楽器「パンフルート」が作られた。ふるさとの木を守った活動を振り返ろうと、このパンフルートの演奏が二月二十五日、高砂市文化会館(同市高砂町朝日町)で催される記念コンサートで披露される。
当時、拡幅工事が迫っていた同市米田町の県道沿いに、樹齢約百五十年と百年のケヤキの巨木2本があった。移植しても枯れる恐れが強いことから伐採が決まった。それを知った近くの商店主らが一九九九年秋、「地域を見守り続けてくれた木にお別れを」とコンサートを開催。地元住民の木への愛着を知った土地所有者が、心を動かされ移植を決意した。
翌二〇〇〇年一月、二本の木は、住民らが見守る中、市提供の土地へ移された。
お別れコンサートでは、竹を束ねた民族楽器パンフルート演奏の第一人者、岩田英憲さん(広島県在住)が、演奏を披露。透明感ある優しい音色が、多くの人を魅了した。そこで、コンサートを企画した人らが、クレーンでつり動かすために切り払われたケヤキの枝を使って、パンフルート作りを発案した。「命の再生を次代に伝えて行こう」との思いからだった。
パンフルートは五年がかりで二つ完成に、今回、再びケヤキをめぐるコンサートが実現した。事務局を務める作家の西村恭子さん(六一)=加古川市東神吉町=は「移植後、まだ元気を回復してない二本のケヤキにエールを送りたい」と話す。岩田さんは「ケヤキの声が聞こえてくるような演奏にしたい」と意気込む。当日は、西村さんの友人でボスニア・ヘルツェゴビナの女性歌手、ヤドランカさんも出演する。


























