
2010 年 6 月 10 日
フレッシュミヨシの原点は、65年前。
戦後、すべての財産を失った祖父の種吉が米田の村の中で、野菜と干物をリヤカーに積んで一人で行商を始めた。
当時、私の父幸市はシベリアに捕虜として抑留され、生き残るために闘っていた。過酷な環境と労働のため、仲間の多くは、次々亡くなっていったらしい。
3年間に及ぶシベリアでの闘いを終え、帰国した時には、骨と皮の状態だったという。
米田の村に帰ってきてから、祖父の種吉の行商を手伝うようになったらしい。 雨の日も、風の日も、休むことなく、朝早くから、自転車で大八車を引き、姫路の卸し市場まで、商品を仕入れに行き、それらを日が暮れるまで売り続けた。
父が母輝子と結婚し、私が生まれてからも、やっと買った車に、商品を載せ、幼い私を連れて、各地に、行商に出かけていた。
休みなく、毎日、朝早くから、夜遅くまで働く父の手伝いをしながら、私は育った。
青年になった私は、父に反発して、家出した。
北海道に行き、牧場で働いた後、各地を放浪した。
その後、色々な経験をした後、私は、地元米田に帰り、父の商売を継ぐ決心をする。
22歳の時、高校2年の時に出逢った典子と結婚し、祥平、耕平と逢えた。
そして、長男の祥平の想像を絶するアトピーとの闘いを傍で見て、化学合成添加物まみれの現代の食に疑問を抱き、安心、安全なオーガニックスーパーを立ち上げる決心をする。
15年前、私自身デザインした住宅兼店舗を建て、オーガニックに切り替えてから、私の本当の闘いが始まった。
播州でのオーガニックスーパーは、誰もが、無理だと言った。
しかし、私は、祖父種吉、父幸市が、汗を流して、苦労を重ねた、この場所、米田にこだわった。
私自身にも、想像以上の苦難が続いたが、今、振り返って考えると、全てが必要な事だったように思う。
祖父種吉が行商から始めた創業から65年、私が、父幸市から引き継いだ店を新規オープンと共にオーガニックに切り替えてから15年、地元播州の多くのお客さんに支えられてきた。
多くの店の中から、わざわざ当店を選んで、来店して下さるお客様に恩返しをしたいと、ずっと思ってきた。
3年前、長男の祥平とパリ、ミラノに、オーガニック視察旅に出掛け、多くのビオマーケットと、食料品店を見て回り、地元の人達に愛されながら、商売を継続している人々に感銘を受けながらも、道行く人を意識したのであろう、美しい花で彩られた町並みにも魅了された。
その時感じた花の力を信じ、3年間構想を温め、この度、店の外観を、三木の風雅舎さんに、ガーデニングを依頼し、有機肥料で育てられた約100種類の花々で、飾りました。
おもてなしの心で、花で心なごむ出迎えを!





















