
2009 年 7 月 22 日
耕平との二人旅の最終日。
少し、話をしてから、彼の、今後の健闘を祈って、宿で別れることにする。
彼は、軽井沢に寄ってから、東京に帰るので、明神館のシャトルバスで松本駅へ。
私は、再び、林道を走り、扉峠へのヘアピンカーブを上っていくと、だんだん霧がたちこめ、扉峠に着くと、昨日以上の濃い霧で、センターラインだけを頼りに、ビーナスラインを下っていく。
すれ違う車もほとんどなく、雲の中を走っているような、浮遊感を伴うドライブが延々続いたが、やがて、視界が開けていき、蓼科高原のバラクライングリッシュガーデンに到着。
私は、近年、急に、木と花の美しさに目覚め、個人の庭を見せてもらっているうちに、店の建物の外観を木と、花で覆い、緑と抱擁するような空間を創りたいと夢に見るようになった。
ガーデン好きの聖地として知られる、バラクライングリッシュガーデンは、英国園芸研究家のケイ山田さんが、1990年にオープンした日本初となる本格的なイングリッシュガーデンで、平日にも関わらず、多くの女性が来園されていた。
ハーブガーデンから、バラで包まれたバラのトンネル、バラのレースガーデン、バラのバーゴラを通り、オールドローズが、美しく咲き競っている、ローズガーデンの中に立ち、バラという花に次第に魅了されていった。
神様がくださった庭、ブルーベルの森、睡蓮の池など、テーマのあるガーデンを散策し、力強い生命力にあふれた、植物を見ながら、少し前まで、視界のない濃い霧の中を挌闘し、すこし疲れた気持ちが、安らいでいった。
この美しく調和した、イングリッシュガーデンのオーナー、ケイ山田さんも、オープンにこぎつけるまでに、さまざまなトラブルに見舞われ、オープン後も艱難辛苦があり、ひとつひとつ克服しながら乗り越えて行ったらしい。
美しい庭を創るには、たゆまぬ努力と汗と、それを継続する情熱が必要だと悟った。
今回の信州の旅で、それぞれ訪れた場所で、そこを創った人の志と、思いの強さを感じた。
三水館の主、滝沢津田夫さんは、国内の気になる宿を片っ端から泊まり歩き、そのエッセンスを自分の体内にしっかり留める、繰り返しのなか、前進している。
無言館の主、窪島誠一郎氏は、長年かけて、全国の戦没画学生の遺族宅を行脚して、画学生達が残した、作品を収集し、十字架の形をした無言館を創り、生きる意味を伝えているが、私にも、あらためて大切なものを考えさせてくれた。
私が長年憧れた、ヴィラディストファームを創った、玉村豊男さんは、私に夢を見る力と、自分を信じる力の大事さを感じさせてくれた。
今回、人生の壁に直面している、次男の耕平を誘っての初めての二人旅だったが、彼にとって、この旅が、何かのきっかけ、スタートになったら幸いだ。
私にとっては、彼との思い出の旅になったし、感じることも、考えさせられることも多かった。
信州を後にし、中央高速道をぶっ飛ばしながら、15年前、私自身、理想とする店、建物をデザインし、当時、どこにも無かったオーガニックスーパーを創ることを夢に見て、必死で突っ走って来た、過ぎ去りし日を思っていた。
そして、私のこれからの人生を、どうデザインしていくか、思い巡らせた。






















