
2010 年 1 月 25 日
私が、父、幸市から引き継いだ、店を新規オープンと共にオーガニックに切り替えてから、無事15年目を迎えることができた。
前にも書いたが、最初の5年間は休みもなく、早朝から深夜まで働きながらも、2000万を超える赤字を出し、店を潰す恐怖で、夜もろくに眠る事も出来ず、光の見えない日々の中で、もがいていた時、唯一救われたのが音楽だった。
仕事を終え、食事を済ませ、居間の真空管のアンプに火を入れ、レコードを取り出し、プレイヤーに載せ、針を運び、プリアンプのボリュウムを上げる。
心が折れそうになる度に、聞いていたのが、1980年の6月6日に代々木の教会で録音された、コントラバス奏者のゲーリー・カーのコルニドライだった。
A面のコルニドライ(神の日)を意味する聖歌と、次の曲、(祈り)を聞きながら、なぜか心を震わせ、涙を滲ませていた。
いつも、聞く度に、心が安らかになって、救われた気がして、その日は眠れた。
ゲーリー・カーのコルニドライに出逢っていなかったら、今の私は、なかったとさえ思う。
一昨年の3月の店の定休日、ふと思い立ち、女房と、子供達との思い出の多い、作用町大撫山の山頂にある天文台公園に愛車でドライブ。
眼下に作用の町並みを眺めながら、子供達との思い出話に花を咲かせ、しばらく滞在した天文台公園からの帰路、スピカホールが見えた。
少し通り過ぎてから、なぜか、立ち寄りたくなって、急ブレーキをかけ、女房に、「少し、寄っていきたくなった」と言いながら、駐車場に車を止め、ホールの方まで歩いていくと、コントラバスの音色が聞こえてきた。
ホールに入ると、大勢の若者がコントラバスを奏でていた。
その若者達の演奏を、微笑みながら、聞いている紳士がいた。
その紳士が、私にとっては、恩人とも言えるゲーリー・カー氏、その人だったのです。
ゲーリー・カー氏がなぜ、目の前に?
実は、毎年カナダのビクトリアで開催している後進の指導の為の合宿「ゲーリー・カーキャンプ」が日本で始めて、それも作用町のスピカホールで行われていたのです。
コントラバス奏者を目指している、日本の若者達の為に、ボランティアで来ていたのです。
若者達にやさしいまなざしで、時折、笑みを浮かべながら、指導している姿を眺めながら、私は、「ありがとうございました。」と、感謝の言葉を繰り返していた。



















